わたしがその機能を入れたのは三年前だった。正式名称は長くて覚えていない。みんな単に「広告化」と呼んでいた。 上司に怒鳴られた記憶を掘ろうとすると、頭のなかに爽やかな炭酸飲料のCMが流れる。恋人に振られた場面を思い出しかけると、白い砂浜で犬が駆ける保険会社の映像に切り替わる。気まずい飲み会、失敗したプレゼン、病室の匂い。どれも最初の輪郭だけ見えたあと、すぐ広告の明るさに塗り潰される。
2026.03.21
Fragments
作品の呼吸を先に触るための抜粋
20 works / 35 pieces
わたしがその機能を入れたのは三年前だった。正式名称は長くて覚えていない。みんな単に「広告化」と呼んでいた。 上司に怒鳴られた記憶を掘ろうとすると、頭のなかに爽やかな炭酸飲料のCMが流れる。恋人に振られた場面を思い出しかけると、白い砂浜で犬が駆ける保険会社の映像に切り替わる。気まずい飲み会、失敗したプレゼン、病室の匂い。どれも最初の輪郭だけ見えたあと、すぐ広告の明るさに塗り潰される。
2026.03.21
人の顔の横に数字が浮かぶようになってから、わたしはやっと安心して人と話せるようになった。 コンタクトレンズの名前は〈フェイスメーター〉。相手が自分をどれくらい好ましく思っているか、〇から一〇〇までで出る。発売から三か月で、駅の広告も、電車の中吊りも、だいたいその話になった。
2026.03.21
親指の先ほどの白い機械を喉元に貼るだけで、失言が自動で穏当な表現に置き換わる。発売当初は冗談みたいな製品だと思っていたが、いまでは会議室でも居酒屋でも、みんな小さな白粒を喉に貼っている。
2026.03.21
枕元の端末に指を置くと、昨夜の睡眠記録が自動で開く。映像化された夢の断片を確認して、内容に誤りがなければ送信する。三十秒もかからない。未提出が三回続くと訪問指導、虚偽申告は罰金。だからみんな、寝ぼけたままでも最初にそれを済ませる。
2026.03.21